以前の記事で、工程能力の詳細と工程能力を数値化した工程能力指数の算出方法を解説しました。
工程能力指数の基礎工程能力を評価するには十分な数のサンプルが必要ですが、量産の立ち上げ時など、場合によっては十分なサンプルサイズを確保できないことがあります。
サンプルサイズが小さい状態で工程能力指数を求めると、工程の実力を過大評価する恐れがあるので注意が必要です。
今回は、サンプルサイズが小さいときの工程能力指数の推定方法を解説します。
1. 適用できる場面
以下の事例を使って、サンプルサイズが小さいときの工程能力の判断方法を解説します。
A社では製品Bの生産能力を向上させるため、製造ラインを新設しました。
新ラインの立ち上げ準備が整ったため、10個のサンプルを作製し、特性を評価したところ以下の評価結果が得られました。
規格が\(9.5 \pm 2.0\)のとき、工程能力は十分と言えるでしょうか。(単位は省略)
$$9.1, 8.3, 8.8, 9.8, 8.5, 9.3, 9.2, 9.2, 9.2, 9.0$$
量産前の試作など、サンプルを十分に確保できない(サンプルサイズが小さい)状況で、工程能力が十分と言えるかどうかを判断したいときがあるのではないでしょうか。
このように、サンプルサイズが小さい場面で今回解説する考え方を使えます。
2. 工程能力指数の求め方(復習)
以前の記事で、工程能力指数の求め方を解説していますので、復習として各種工程能力指数の計算方法を確認しておきましょう。
\(\mu\):母平均 \(\sigma\):母標準偏差 \(USL\):規格上限 \(LSL\):規格下限
1) 片側規格の工程能力指数
①下限規格の場合
\(C_{pkL}=\displaystyle \frac{\mu – LSL}{3\sigma}\)
②上限規格の場合
\(C_{pkU}=\displaystyle \frac{USL -\mu }{3\sigma}\)
2) 両側規格の工程能力指数
\(C_p=\displaystyle \frac{USL-LSL}{6\sigma}=\frac{規格幅}{6×母標準偏差}\)
\(C_{pk}=min\{C_{pkL}, C_{pkU}\}\)
\(C_p\)、\(C_{pk}\)ともに、1.33以上であれば工程能力は十分と判断します。
さて、ここで気を付けないといけないのは、工程能力指数の算出で使う平均と標準偏差は母数、つまり母集団の平均と標準偏差を使うということです。
母集団の工程能力を判断したいので、これは当然と言えば当然ですが、正しい判断をするためには計算に使うサンプルサイズを母集団とみなせるよう、極力大きくする必要があります。
例えば、量産を始めてから時間が経っている製品であれば、十分な数のサンプルがあるので、算出した工程能力指数は母集団のものと判断できるでしょう。
しかし、試作段階あるいは、量産初期の段階ではサンプルサイズが小さいので、そのデータで求めた工程能力指数を母数と判断するには無理があります。
このようなときは、サンプルから求めた工程能力指数を使って母集団の工程能力指数を推定するのがよいです。
3. サンプルサイズが小さいときの工程能力の判断の難しさ
サンプルサイズが小さい時は、工程能力の有無の判断が非常に難しいです。
それは、サンプルから得られた平均や標準偏差が母集団を代表したものと言い切れないからです。
例えば、ある製品の特性について考えてみましょう。
特性をばらつかせる要因は数多くあります。
それは、気温かもしれないし、湿度かもしれないし、設備の調子かもしれないし、材料のばらつきかもしれないし、というように、非常に多くの要因があるのが一般的です。
十分なサンプルサイズであれば、あらゆるばらつきの要因が包含されることになるので、母集団に近い工程能力指数を求められます。
しかし、試作段階や量産初期の段階では、加わるばらつきの要因が少ないことが多く、結果的に特性のばらつきは小さくなり、工程能力が十分と誤った判断をする恐れがあります。
例えば、材料ロットが1ロットのみで工程能力が十分と判断したものの、材料ロットが変わったらばらつきが大きくなってしまったとか、量産立上げは冬でそのときは工程能力は十分だったものの、夏になったら季節要因でばらつきが大きくなった、などです。
これから紹介する区間推定することで、ある程度推定精度は上がりますが、正確に工程能力の有無を判断するには、十分なサンプルサイズが確保できた時点で計算するのがよいです。
4. サンプルサイズが小さいときの工程能力の推定方法
推定の記事で解説したように、推定には点推定と区間推定の2種類があります。
母集団の母数を推定する方法~推定の基礎点推定は、サンプルから計算した平均と標準偏差を使って、一点で推定値を求める方法です。
区間推定は、母数が存在すると考えられる範囲を推定する方法です。
サンプルサイズが小さいときの工程能力の判断は区間推定値を使うのがよいと考えられています。
4-1. 工程能力指数\(C_p\)の区間推定の求め方
両側規格における\(C_p\)の計算には母標準偏差を用いますが、サンプルサイズが小さいときは母標準偏差の推定値を用います。
一つの母分散の検定と推定で、母分散の区間推定の方法を解説していますが、母分散の推定値のルートを取ったものを、母標準偏差の推定値とすることで、\(C_p\)の区間推定が可能です。
$$\left (\hat{C}_p \sqrt{\displaystyle \frac {\chi^2(n-1,1-\alpha/2)}{n-1}},~\hat{C}_p \sqrt{\displaystyle \frac {\chi^2(n-1,\alpha/2)}{n-1}} \right )$$
ここで、\(\hat{C}_p\)はサンプルの平均と標準偏差で計算した工程能力指数(=点推定値)で、\(\alpha\)は有意水準で通常は\(\alpha=0.05\)として95%信頼区間を求めることが多いです。
4-2. 工程能力指数\(C_{pk}\)の区間推定の求め方
両側規格における\(C_{pk}\)の区間推定は以下のように計算します。
算出方法については、かなり専門的な内容となるためここでは割愛します。
$$\left (\hat{C}_{pk}-z_{\alpha/2} \sqrt{\displaystyle \frac {\hat{C}_{pk}^2}{2(n-1)}+\frac{1}{9n}},~\hat{C}_{pk}+z_{\alpha/2} \sqrt{\displaystyle \frac {\hat{C}_{pk}^2}{2(n-1)}+\frac{1}{9n}} \right )$$
ここで、\(\hat{C}_{pk}\)はサンプルの平均と標準偏差で計算した工程能力指数(=点推定値)で、\(z_P\)は標準正規分布\(N(0,1^2)\)の上側\(100P%\)点で、例えば\(z_{0.025}=1.960,~z_{0.05}=1.645\)です。
4-3. 工程能力指数\(C_{pkL},~C_{pkU}\)の区間推定の求め方
片側規格における\(C_{pkL}\)(下限規格の場合)と\(C_{pkU}\)(上限規格の場合)の区間推定は以下のように計算します。
$$\left (\hat{C}_{pkL}-z_{\alpha/2} \sqrt{\displaystyle \frac {\hat{C}_{pkL}^2}{2(n-1)}+\frac{1}{9n}},~\hat{C}_{pkL}+z_{\alpha/2} \sqrt{\displaystyle \frac {\hat{C}_{pkL}^2}{2(n-1)}+\frac{1}{9n}} \right )$$
$$\left (\hat{C}_{pkU}-z_{\alpha/2} \sqrt{\displaystyle \frac {\hat{C}_{pkU}^2}{2(n-1)}+\frac{1}{9n}},~\hat{C}_{pkU}+z_{\alpha/2} \sqrt{\displaystyle \frac {\hat{C}_{pkU}^2}{2(n-1)}+\frac{1}{9n}} \right )$$
ここで、ここで、\(\hat{C}_{pkL}\)と\(\hat{C}_{pkL}\)はサンプルの平均と標準偏差で計算した工程能力指数(=点推定値)です。
4-4. 工程能力指数の区間推定の実施例
事例1について、工程能力指数の区間推定を行ってみましょう。
まず、データから平均\(\bar{x}\)と標準偏差\(s\)を計算します。
\(\bar{x}=9.04,~s=0.425\)
次に、得られた\(\bar{x}\)と\(s\)を使って\(C_p\)と\(C_{pk}\)の点推定値である\(\hat{C}_p\)と\(\hat{C}_{pk}\)を求めます。
\(\hat{C}_p=1.57,~\hat{C}_{pk}=1.21\)
ともに1を上回っており工程能力はまずまずのように見えますが、これはあくまで10個のサンプルから計算した工程能力指数なので、\(C_p\)と\(C_{pk}\)の区間推定を行います。
・\(C_p\)の95%信頼区間
\(\left (\hat{C}_p \sqrt{\displaystyle \frac {\chi^2(n-1,1-\alpha/2)}{n-1}},~\hat{C}_p \sqrt{\displaystyle \frac {\chi^2(n-1,\alpha/2)}{n-1}} \right )\)
\(=\left (1.57 \sqrt{\displaystyle \frac {\chi^2(10-1,0.975)}{10-1}},~1.57 \sqrt{\displaystyle \frac {\chi^2(10-1,0.025)}{10-1}} \right )\)
\(=\left (1.57 \sqrt{\displaystyle \frac {2.70}{9}},~1.57 \sqrt{\displaystyle \frac {19.02}{9}} \right )= (0.86,~2.28)\)
・\(C_{pk}\)の95%信頼区間
\(\left (\hat{C}_{pk}-z_{\alpha/2} \sqrt{\displaystyle \frac {\hat{C}_{pk}^2}{2(n-1)}+\frac{1}{9n}},~\hat{C}_{pk}+z_{\alpha/2} \sqrt{\displaystyle \frac {\hat{C}_{pk}^2}{2(n-1)}+\frac{1}{9n}} \right )\)
\(=\left (1.21-z_{0.025} \sqrt{\displaystyle \frac {1.21^2}{2(10-1)}+\frac{1}{9 \times 10}},~1.21+z_{0.025} \sqrt{\displaystyle \frac {1.21^2}{2(10-1)}+\frac{1}{9 \times 10}} \right )\)
\(=\left (1.21-1.96 \sqrt{\displaystyle \frac {1.21^2}{18}+\frac{1}{90}},~1.21+1.96 \sqrt{\displaystyle \frac {1.21^2}{18}+\frac{1}{9 0}} \right )=(0.61,~1.81)\)
求めた下側信頼限界を最悪値と考えると、\(C_p\)と\(C_{pk}\)の信頼下限は0.86と0.61でともに1.0を下回っています。
10個のデータで計算した工程能力指数はまずまずであっても、量産に入ってデータを重ねると工程能力が不足する可能性があり、継続して工程能力の監視が必要と判断できます。
5. おわりに
今回は、サンプルサイズが小さい場合の工程能力指数の推定方法について解説しました。
少ないサンプルで工程能力指数を計算し、その結果十分に大きい数値が得られても、データを増やすと工程能力が不足する結果になる可能性があります。
サンプルサイズが小さいときに工程能力を推定したときは、区間推定をして下側信頼限界を見て判断するようにしてください。